これが解けるか!

Can this be solved!

これが解けるか!

失敗

 仕事が一段落した。書斎を出て、キッチンに向かい、冷蔵庫から冷たい水を取り出す。無色透明の安物のガラスコップに水を注ぐ。

 伸びをして身体全体を伸ばす、何ともいえない気持ちよさが身体全体を走り抜ける。仕事終わりの伸びは、私にとってはちょっとした楽しみの一つだ。

 伸びを終えてゆっくりと水を飲みながら、この後何をしようか考える。ひとつ思いついた。……いつもいつもあまりに同じ行動パターンに過ぎる気がする。ほかの選択肢を考えてみよう。

 しかし、しばらく考えても他の選択肢は思い浮かばなかった。うん、息抜きする方法を真剣に考えるなんてますます疲れてしまいそうだ。やめよう。

 結局、行きつけの珈琲屋へ行ってのんびりすることにした。

 珈琲屋について扉を開けて店の中に入る。

「こんにちは、お邪魔します」

「ああ、はかせさん。いらっしゃい」

「また来てしまいました」

「またですね。そろそろ出欠勤のタイムカードを置くの、検討しないといけないかもしれませんね」

「ほんとですね」

 そういって笑い合う。

「今日はかなり空いていますね」

「平日のこの時間帯は人が少ないんですよ。あ、そういえば春真が来ていますよ」

 春真とはこの店で知り合った少年だ。彼が小学校5年生のときに知り合ったが、今はもう高校1年生だ。

「そうなんですか。ちょっと見てきます」

 マスターにそう伝えて、靴を脱いで店の奥に入る。

 店は古民家をそのまま使用している。床は畳張りになっており、さらに仏壇もおかれている。よく考えるとかなり異様な空間なのだろうが、私は最初にこの店にやってきたときから不思議と違和感を覚えず、疑問に思うことさえなかった。

 あるとき常連客同士で、よく考えたらかなり不思議だね、という話になったが、そのときにはじめて確かにそうかもしれないと思ったくらいだ。

 そして、よくわからないがとにかくここはそういう場所だしそれでいいのだ、という結論になり、その場にいた全員が納得した。

 ここはそういう場所なのだ。

 店内を見渡すと店の中庭が見える縁側に春真がいた。声をかける。

「春真」

「あれ、はかせ。来てたんだ」

「さっき仕事が一段落してね。ちょっと息抜きをしに来たんだ」

「そうなんだ」

 春真が座っている席のテーブルには数学と化学の本がある。どうやら勉強をしているようだ。

「春真は勉強をしに来ていたの」

「うん、こないだのテストで点数が悪すぎて親に叱られちゃってさ」

「そうか、大変だなあ」

「一応勉強はしてるんだけど、あんまりよくわからなくて点数につながらないんだ。一人で勉強してるとわからないところがあるときすぐに行き詰るし、調べ方がわからないし、インターネットで調べているとつい他のページまでみて時間を無駄にしてしまうんだ。なんとかしたいとは思っているんだけど」

「そうか。なら、わからないところがあったら僕に質問してくれていいよ。どの科目でもだいたいは説明できるよ」

「ありがとう」

 そういって春真から少し離れた席に座った。沢木耕太郎氏の著書「チェーン・スモーキング」を取り出し、前回の続きを読み始める。この本を読むのは何回目だろうか。理由はよくわからないが、この本には何度も手を伸ばしてしまうような魅力がある。

 数ぺージめくったとき、春真が声をかけてきた。

「はかせ、勉強の質問じゃないんだけど、いいかな」

「うん、構わないよ」

「あのさ、僕は失敗するのが怖いんだ」

「失敗、か」

「うん。なのに、最近失敗ばかりなんだ。勉強も部活も親との関係も」

「そうなのか」

「そういうときってどうすればいいのかな。はかせならどうするかな」

「どうすればいいかは人それぞれだと思う。これと決まった解決策はないんじゃないかな」

「そうだよね」

「僕だったら、という話ならできるよ。僕だったら次があるさと思うようにするかな。次があるから、またやってみればいい。疲れているときはそうは思えないけど、思い切って少し休めば、気分や環境が変わるかもしれないから」

「うん」

「もっと言えば、変わることを期待するだけじゃなくて、意識して変えようとするなあ」

「そうか。すごいね、はかせって」

「なあ、春真失敗ってそんなにどうしようもないくらいまずいものなのかい」

 春真は急にどうしたのだ、と言いたげな顔で私の方を見る。

「いや、すごく暗い顔をしてるから」

「そりゃあ。落ち込むよ」

「僕だってそうだよ。でも、やり直せるし、続けるならば次に活かせるし、やめるにしてもどういうときに失敗しやすいかはなんとなくでもわかったんじゃないか」

 春真は黙っている。どこまで伝わっているのか私にもあまりわからないが、かまわず続ける。

「失敗を怖がることは勿体無いと思うんだ。いきなり勇気を出せとは言わないけど、結局やるもやらないも春真次第なんだよ。うまくいくかいかないかは、君の行動と運の引き次第だ。行動しなきゃ始まらない。運の引きは仕方がないかもしれないけど、それだって心がけでたぶんかなり変わる」

「うん」

「まあ、まずは問題点を具体的に洗い出してみよう。とりとめがなくてもいいから話してみなよ。とりあえず勉強については僕がいてすぐそいつ問できればそれである程度はなんとかなるんじゃないか。部活や親との関係については?」

 目線で春真を促すと、春真が少しだけ笑う。

「ありがとう」

「失敗したっていいんだ。恐れて何もしないよりも、ある程度手早く決めて手早く行動して、早く、そして安く失敗する。それでいいし、それがいいんだ。失敗を受け止めて、対処して、次の行動に活かせるようになっていくことで、強く賢くなるんだ。失敗を恐れて行動しないことや失敗せずに成功し続けることよりも、ずっとたくさんの大切なことを学べるはずだから」

 

【問】

〇早く、そして安く失敗するとはどういうことか。

〇早く、そして安く失敗することは、失敗しないことや失敗を恐れて行動しないことと比べてどのような部分で優れているか。また、どのような部分で劣っているか。

〇行きつけの珈琲屋の店内に仏壇があることに違和感がないのはなぜだろうか。あなたの見解を述べなさい。

〇沢木耕太郎氏のチェーンスモーキングを読み、気に入った章について要約し、評論しなさい。気に入った章がない場合は気に入らない部分をあげ、理由を解説しなさい。