これが解けるか!

Can this be solved!

これが解けるか!

ギムレットとエントロピー

「ギムレット、もう一杯ください」

 私がそういうと、バーテンダーは、はい、と静かにうなずいた。もうこれで5回目になるはずだ。

 ショートグラスの中にあと少しだけ残っているギムレットを飲み干しながら、勉強会の内容を振り返る。

 正直、あまり興味を惹かれるものではなく、雰囲気になじめないままその場に居合わせていることにひどく気が滅入った。

 彼らの熱意はいったいどこからやってくるのだろう、そんなことを思って一歩引きながら冷めた目で眺めてしまう。そして、そんな自分に気がつき、ますます気が滅入った。

 勉強会のあとには懇親会があり、招待を受けたが、とても参加する気分にはなれなかった。主催者である知人には用事があるからと謝ってから会場を後にした。

 

 今日一日のできごとをいろいろ思い出していると、バーテンダーがカクテルシェーカーをシェイクする音が聞こえてくる。きっと、シェーカーの中身はきれいさっぱり混ざってしまうだろう。そうすれば溶液内のエントロピーは一気に増大するのだろう。私もきれいさっぱりとまではいかなくても、もう少し周囲と混ざり合えればなあ。

 そう思いながら行動しても、失敗するとすぐにくじけて立ち直るのに時間がかかって、結局変わり切れないまま時間ばかりが流れていく。

 今日もまた、自分自身に一日分の言い訳を始めている。ああ、本当にたちの悪い癖だ。

「おまたせしました、ギムレットです」

 バーテンダーがカウンターテーブル越しに私の前にグラスを差し出す。

「ありがとうございます」

 空いたグラスをバーテンダーに渡し、新しいグラスに入っているギムレットを一口すする。

「お客様、ギムレットがお好きなんですか」

 しばしの沈黙。

「ええ、好きなんです、ギムレット」

 びっくりして反応が遅れた。声をかけられるとは思っていなかったのだ。 

 とっさに好きなんです、と答えたものの、ギムレットを飲むのは今日が初めてだ。なんとなくレイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ」に出てくる、テリー・レノックスが発した『ギムレットには早すぎるね』という言葉を思い出したからだ。

 とてもうまくて気に入ったので嘘ではないが、たぶんバーテンダーは私が普段からギムレットを好んでいるのかと尋ねたのだろうと思う。

「ギムレットを飲むのは初めてなんです」と付け加えた。

「初めて飲んだのですが、さっき好きになりました」

 そういってまたギムレットを少し多めに一口すすった。口の中に甘みと辛みが広がる。

 バーテンダーは一瞬あっけにとられた表情をしていたが、ありがとうございます、と言って私に微笑みかけた。つられて私も微笑み返す。

 なぜかほんの少しだけ気分が晴れたような気がした。

 入り口から、からん、という音がした。新しい客がやってきたのだろう。

 

【問】

〇エントロピーとはどういう概念か説明しなさい。

〇ギムレットはドライ・ジン3に対してライムジュース1の配分で作られることが多いが、ロング・グッドバイで登場するギムレットはドライ・ジン1に対してライムジュース1を混ぜて作られる。

 ここでドライ・ジンを●、ライムジュースを○で表し、●と○が50個ずつあり、それらがそれぞれ50区画に区切られた容器に入っているとする。この状態では●50個と○50個をそれぞれの容器に収める方法は1通りである。

 では、これらを混ぜて100区画に区切られた容器に●50個○50個を入れる場合、何通りの入れ方が考えられるだろうか。

※この入れ方の数は熱力学でいうところの状態数であり、エントロピーと深い関係がある。