これが解けるか!

Can this be solved!

これが解けるか!

雨の匂い その1

 ぽつりぽつりと雨が降り始める。

 空気は少し前から湿気を含んでむっとしていたが、より一層湿気り始めている。空気がもったりと身体にまとわりついてきてむせ返りそうだ。

 家の外に出ると熱気を帯びた空気がむわりと私を包み込んだ。もこもことした匂いが鼻の奥をくすぐる。夏に雨が降ると、いつもこの匂いがする。熱くなった地面が湿気で蒸れる匂い、私にとっては雨の匂いだ。

 私はこの匂いが大好きだ。子どもの頃からずっと。

 最初にこの匂いに出会ったのは、私が覚えている限りでは私がごく幼いころの真夏のよく晴れた日だった。とても暑かったので、隣に住んでいるおばあさんが打ち水をしていたはずだ。そのとき、不思議な匂いに出会った。雨の匂いだ。(1)雨が降っていないのに雨の匂いがしていたのだ。

 私は不思議な匂いがする、どこからだろう、と両親に伝えた。だが、今は忙しいから、といって聞き流された。その後何度かしつこく話したが、結局まともに話を聞いてもらうことはできなかった。

 

 ―(2)大人というのは自分勝手なものだな―

 ふと、子どもの私が、口をついて言葉を発する。ああ、まったくその通りかもしれない。

 

 仕方がないので、私は家の周りを歩いてその匂いのもとを探した。くんくんと匂いを嗅ぐ。もったりとした空気とともに匂いが鼻をくすぐる。不思議さが先だって気づかなかったが、この匂いは嫌いじゃない。私は匂いのもとを探しながら、匂いを満喫した。

 しかし、匂いのもとがどこなのかはわからないまま、やがて匂いは薄れていった。

 幼いころのことなので細部は定かではないが、これが雨の匂いとの始めての出会いだ。

 

 その後も、この匂いがとても好きなので、どういうときにどこから立ち込めるのか知りたくて、よく探したり考えたりした。

 匂いのもとはどこにあるのか、何が引き金になって匂いが立ち込めるのか、どんな場所でも匂いがするのかなど、いろんなことが気になって一人ぼんやり考える。しかし、いつどのように雨の匂いが発生するのかは結局わからないままだった。

 

 (3)私はなぜか、周りの大人たちには何も尋ねなかった。

 たぶん、そういうことを尋ねても理解されないだろうという気持ちがどこかにあったのかもしれない。

 幼いながらに、自分と周囲の人間の温度差というものを痛みとともに感じていたのだろう。今となっては遠い日の微かな記憶。痛みも悲しみも、遠い過去のものだ。ときどき思い出して胸の奥がつんとすることはあっても、あったかもしれない未来を思って悲しくなることは少なくなっていき、いつの間にかほとんどなくなっていた。

 しかし、たぶん完全になくなることはないだろう。微かな痛みは残しておきたい。忘れないために、戒めのために、これからのために。

 痛みを忘れないことが、過去の自分をきちんと認めることになり、供養することにもなる。そんな気がする。

 

 ある暑い夏の日、ついに私は雨のときには必ずこの匂いが立ち込めるということに気が付いた。それ以来、私は雨の降り始め、特に小雨のときが好きになった。

 雨が降り始めると外に出て、雨の匂いを胸いっぱいに吸い込む。そうすると、身体中に生命の煙が駆け巡るような心地になる。そして、なんとなく気分が落ち着いた。

 その習慣は今でもまだ続いている。幼いころの経験が大人になっても習慣として残り、心の栄養をつぎ足す役目を果たすということはよくあることなのだろうか。私にはそういう習慣がたくさんある。雨の匂いを取り込むこともその一つだ。

 iphoneで天気予報を確認する。今回の雨はそれなりに長く強く降るようだ。

 このまま雨足が強くなってしばらく雨が降り続ければ、気温も地面の温度も下がって、むせ返るような息苦しさは薄れていくはずだ。それとともに雨の匂いも薄れていくだろう。

 ちょうど、私の中の痛みのように。

【問】

○下線部(1)で雨が降っていないのに雨の匂いがしたのはなぜだろうか。あなたの見解を述べなさい。ただし、理由も説明すること。

○下線部(2)の言葉を発したのは誰だろうか。あなたの意見と、そのように考えた理由を簡潔に述べなさい。

○下線部(3)に示すように、周りの大人に理由を尋ねなかったのはなぜだろうか。あなたの見解とそのように考える理由を説明しなさい。また、回答者が親または成人の場合は、この出来事から得られる戒めについても見解を述べなさい。